
情報と行動力が必要です
わたしのワクワク留学体験記
自分でも実際に記事を書いてみます
私はジャーナリスト志望です
実際、英字新聞社の記者の募集は非常に少なく、とても狭き門です
ニュースライターコースがあるスクールで勉強するのも良いでしょう
そのままAP通信社で働くのも、記者としてとてもよい経験になります
情報と行動力が必要です
しかし無常にも出発の時間がどんどん迫ってきます
私は、お母さんの手調理をあっというまに平らげてしまいました
メニューのあまり値段の高くないものを適当に指差し"Thisone!"と言えるようになるのでさえ数週間かかりました
こちらでは毎年、英語が母国語でない学生は、ネイティブの学生より数週間早くオリエンテーションを始めることになっています
そこには、マッキントッシュというコンピュータがずらりと並んでいます
もっと皆さんのためになる情報もお知らせしないといけませんね
私はサイエンス系のクラスは生物を選択しました
彼女たちに「また、レポートを書いているの」と毎朝、言われる日々です
それに卵、ベーコン、ソーセージの類までという大満足の内容です
アメリカでホールというのは、学生寮のことです
私の高校は、全寮制だったので、ふだんはほとんど寮の敷地内で生活していました
最初は何のことか分からなかったのですが、ある日「もー」の正体をがやっと分かりました
自分を好きになるための英語学習で、一番大切なことを考えてみます
アメリカでは、男性が好きな女性に赤いバラの花をプレゼントする習慣があります
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情報と行動力が必要です。どうして留学しようと思ったのと良く質問されます。私の場合は、具体的な目標というよりも難しいパズルに挑戦する気持ちです。
難しいから、挑戦してみたくなるという本能的な欲求です。体中に溢れんばかりのエネルギーが出した答えは、アメリカ留学でした。最終的に留学を決めたのは15歳です。
そしてついに成田空港を出発したのは16歳のときでした。日本ではちょうど高校の入学式が終った頃です。留学したいというとさぞや英語が好きなのだろうというイメージですよねところが私は、中学生のころは友だちと遊んでばかりいました。
スーザン先生というやさしいアメリカ人女性でした
もちろん塾にも通ったことはありません。英語が、とくに得意科目という訳でもありませんでした。留学の準備といえば渡米する直前に、数週間だけ英会話を習いました。
スーザン先生というやさしいアメリカ人女性でした。その縁で現地の高校へ入学する前にスーザン先生のご両親のお宅でしばらくお世話になることになりました。
アメリカのノースキャロライナ州です。私が、16歳のときにひとりきりでアメリカに留学しました。周囲の方は、ご両親は、とても心配されたでしょうと言われます。
実際、父は成田空港で号泣しました。出発の当日、両親や親戚が揃って成田空港まで見送りに来てくれました。空港のレストランで、みなで昼食をとっていたときのことです。
今まで、親戚を和やかに話していた父が突然泣き出してしまいました。私の父は、月に1度は海外出張に出かけていました。アメリカにも何度も海外出張の経験があります。
今まで親元を離れて生活したことなど無かった私です
ですから海外に行くことについても、あまり心配しないのではと思っていました。ところが、やはり娘がアメリカに留学するというそんな父を見て、私も泣きたくなりました。
今まで親元を離れて生活したことなど無かった私です。そんな私がこれから1年間、しかも海外で過ごすのかと思うと急に緊張してきました。今すぐにでも、とり止めることができればと思ってしましました。
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