
しかし無常にも出発の時間がどんどん迫ってきます
わたしのワクワク留学体験記
自分でも実際に記事を書いてみます
私はジャーナリスト志望です
実際、英字新聞社の記者の募集は非常に少なく、とても狭き門です
ニュースライターコースがあるスクールで勉強するのも良いでしょう
そのままAP通信社で働くのも、記者としてとてもよい経験になります
情報と行動力が必要です
しかし無常にも出発の時間がどんどん迫ってきます
私は、お母さんの手調理をあっというまに平らげてしまいました
メニューのあまり値段の高くないものを適当に指差し"Thisone!"と言えるようになるのでさえ数週間かかりました
こちらでは毎年、英語が母国語でない学生は、ネイティブの学生より数週間早くオリエンテーションを始めることになっています
そこには、マッキントッシュというコンピュータがずらりと並んでいます
もっと皆さんのためになる情報もお知らせしないといけませんね
私はサイエンス系のクラスは生物を選択しました
彼女たちに「また、レポートを書いているの」と毎朝、言われる日々です
それに卵、ベーコン、ソーセージの類までという大満足の内容です
アメリカでホールというのは、学生寮のことです
私の高校は、全寮制だったので、ふだんはほとんど寮の敷地内で生活していました
最初は何のことか分からなかったのですが、ある日「もー」の正体をがやっと分かりました
自分を好きになるための英語学習で、一番大切なことを考えてみます
アメリカでは、男性が好きな女性に赤いバラの花をプレゼントする習慣があります
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しかし無常にも出発の時間がどんどん迫ってきます。父は、親戚の人になだめらめられていました。そんな父の姿を見ていると、私の決心もゆらぎそうになります。
ですからわざと父の方は、見ないようにしました。私は長いエスカレターに乗り、出国手続きを待つ人の列へ並びました。後ろの方から、私の名前を呼ぶ父の声が聞こえてきます。
私の目から急に涙が溢れて止まらなくなりました。でも、振り向いたら自分の泣き顔を見られてしまいます。そんな私を見たら、父はさらに心配してしまうでしょう。
オヘア空港に着いたものの、どこに行けば国内線に乗り換えられるのか分かりませんでした
ですから、私はわざと1度も振り向ずにいました。成田空港を飛び立ち1時間ぐらいすると少し気持ちが落ち着いてきました。シカゴのオヘア空港で、飛行機を乗換えなければいけません。
オヘア空港に着いたものの、どこに行けば国内線に乗り換えられるのか分かりませんでした。オヘア空港は、そこだけで町が成り立ってしまうのではというほど広いのです。
広い空港ビルの中を、1時間ほどさ迷いました。ようやく国内線の空港は別のビルにあることが分かりました。だいぶ時間をロスしてしまったので、大急ぎで乗り場に向かいました。
スーザン先生のお宅に無事、到着することができました。家族の皆さんが笑顔で迎えてくださったのでほっとしました。私は、以前スーザン先生が使っていたという部屋に案内されました。
日本でしたら、食事の前にひと風呂浴びてというところですね。でもここはアメリカですから風呂といっても普段は皆、シャワーで簡単に済ませているようです。
久しぶりの地上での食事に、大感激です
私も、これからの新しい生活の緊張感からか日本のことを懐かしく思っている余裕はありませんでした。ようやくお待ちかねの夕食の時間になりました。メニューは、お母さん手作りのエビ・チャーハンとスープです。
久しぶりの地上での食事に、大感激です。機内での食事は、たいして好きなものも出なかったし食事をした気になりません。スチュワーデスさんが、外人でしたのでお代わりしたくても伝えらませんでした。
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